<br>    なんてことない普通の男。強面の、現場上がりの官僚で<br>    差程際立つ経歴、ディテイルもない。その、職種の非常を除いては……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 国防総省情報局局員ロイ・レナードは上官の命令で、ある男に近づいた。男の名はスペンサー・ドレイク、中央情報局/CIA長官。上官の命令とは、この男を「落とす」こと。レナードは手玉に取るつもりで接近するが、彼はひと筋縄ではいかない男だった。すべてを見透かすような冷たい鳶色の眼、初見である筈のドレイクはレナードに囁いた。「再会した晩、飲んでいたのはドライマティーニ。串刺しのオリーブはお前だよ、レナード」 <br>    我が眠りを 何故醒ますのか春風よ……<br>                   ◆ ◆ ◆<br> 国防総省情報局員であるレナードは、もうひとつ裏の貌を持っていた。「ジョーゼフ・キャシディの子飼い」ドレイクがそう揶揄する仕事。時には水面下で暗躍し、ジョーゼフの行く手を遮る政敵を抹消する。彼のためならどこまでも手を汚せた。「……僕は、いつからこうなってしまったのだろう」そして物語は過去へ遡って行く。 <br>    ……大切にしていた、まだ小さかったおまえ<br>    おまえを大切にしていた、父と別れた母と同じように<br>    俺の、たったひとりの弟……<br>                   ◆ ◆ ◆<br> 「……教わっただろう?『伯爵夫人』に」ドレイクはそう言ってレナードに模造の『男』を握らせた。誰も知らない筈の過去を知り、身体と精神を苛まれる訳は…… <br>    『孫』として愛されているなんて、これっぽっちも思っていなかった<br>    ただ……<br>                   ◆ ◆ ◆<br> 「……今日は遣いを頼みたい。ある人物に絵画を届けて貰いたいのだ」祖父の遣いで伯爵夫人の許を訪れたレナードは、思いも寄らぬ歓迎を受ける。母と祖父の確執から祖父に愛されているとはどうしても思えなかったレナードだが、彼の仕打ちは予測の範疇を大きく越えた過酷なものだった。 <br>    夜に、あなたは身体を開くの。男たちのために。<br>    熱くなって、疼きが始まる。……解るわね?<br>                  ◆ ◆ ◆<br>「愛しているよ。おやすみ……」伯母であるアイリーンに婚約者ジョーゼフが見せた笑顔は、打算のない本心からの愛情の現れだった。それを偶然見かけたレナードは、自分の境遇の辛さに、ひとり涙する。そんな時、 傷つき疲れ果てた幼いレナードを労る優しい手が…… <br>    どうしてそんなに、あなたは無邪気に笑って<br>    ……いられるの?<br>               ◆ ◆ ◆<br> 身体にこびりつく鮮烈な記憶と、優しく暖かい『彼』の腕の狭間で揺れるレナード。耐えきれず、夜も眠れず深夜、広大で陰気な屋敷の庭の片隅に蹲る。 <br>    解っている? あなたたちに、いったい何が解るって言うんだ<br>    明るい場所で、あんな風に暖かく微笑むあなたたちには……<br>               ◆ ◆ ◆<br> 結婚の準備もあり度々屋敷を訪れるジョーゼフ。暗澹たる面持ちのレナードとは裏腹に、折りにつけ見せられる睦まじいふたりの会話を耳にして、レナードは遣り切れずジョーゼフに八つ当たりをしてしまう。 <br>    他人のものを欲しがるのは傲慢だろうか<br>    「愛し合う」ことと「欲しい」と考えることは、同じだろうか<br>    肉体の温度を知ってしまったから、愛されたいと願うのは<br>    間違っているだろうか………<br>                     ◆ ◆ ◆<br> 様子のおかしいレナードを訝り、そして心配する彼の叔母アイリーン。夜の悪夢も冷めやらず魘されては浅い眠りを繰り返し、無意識にレナードが取った行動とは…… <br>    僕は、おかしい<br>    僕の身体は、おかしくなってしまった……<br>                  ◆ ◆ ◆<br> 毎夜の悪夢。魘され次第に消耗するレナードに悩む『弟』がとった行動とは……。ドレイクは『弟』の懇願を聞き、自分の耳を疑った。 <br>    やさしくするから……、大丈夫だから<br>    だから怖いこと<br>    ……全部忘れよう?<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 『弟』の常軌を逸した懇願にドレイクは渋々協力するが。そもそも何故『弟』はレナードを救うため兄ドレイクに頼ったのか、そしてその行為は功を奏すのだろうか……。 <br>    今、おまえの目の前にいるのは<br>    ……誰だ? おまえを呼んでいるのは<br><br>    誰だ……… <br>    ごめんよ<br>    あんたがいると、あの子が苦しむ<br>    だから……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 明けぬ夜、苦しみと快楽の果て眠る幼いレナードを兄に預け、『弟』が向かった先は…… <br>    あの子を守ってくれ<br>    もうひどい目に合わないように<br>    もう、泣かないように……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 現在。ドレイクはジョーゼフと共に微笑み合うレナードを憤怒の眼で見つめ、焦燥を募らせる。あの過去の記憶…… <br>    ……あぁ、だから俺は今までそうしてきた<br>    おまえが望んだから『あの子』を衛り<br>    この手を汚す。惶惑、ためらいもなく……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 「あなたが大統領になればいい」。ジョーゼフを利用しつつ忌む継父に対抗出来る方法を提案した、少年の頃のレナード。『弟』の言葉通り成長するレナードを見つめ続けたドレイク。ふたりの道が交錯した時…… <br>    何故、俺は止めなかった……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> 焦燥、怒り……。ドレイクがアタッシェケースの中から取り出したレナードの『秘密』とは…… <br>    お前が屋敷を留守にして地獄のような一週間を過ごした間に<br>    奴が何をしていたか、知っているか……<br>                 ◆ ◆ ◆<br> レナードの眼前にばらまかれ、トレースされていく過去。ドレイクの真意は…… <br>    ……あぁ、<br>    だから、そうしてきた。おまえが望んだから<br>    だが、俺の望みは………<br>                    ◆ ◆ ◆<br> 長年に渡りドレイクを責め苛むものは『弟』の言葉とレナードの存在…… <br>         大丈夫だから<br>         だから怖いこと……<br>         ぜんぶ忘れよう?<br>                       ◆ ◆ ◆<br>     『弟』が愛したレナードを託され、愛憎に苦しむドレイク。その先の未来は…… <br>    ゆらゆら、ゆらゆらと。まるで、水に刺した花のように<br>    水の中の花のように、ゆらゆらと……<br>                ◆ ◆ ◆<br>永らくご愛顧頂ありがとうございました、第19巻にて WF 完結でございます。導入 Story「Kill Me Softly」発行から早何年? 実にコチラもデニと同じくライフワークになっていたようです。組織の確執から出会っただけでない「ふたりの馴れ初めと今」をご覧頂きまして「水花」はこれにて終了☆ 紅井よりご覧くださいました皆さま方へ愛と感謝をむっちり込めつつ完結のご挨拶とさせて頂きます、ありがとうございました!! このふたりの物語は本編に密接にリンクしておりますので今後そちらにブレンドされて参ります、再び「きみは僕に〜」シリーズにてお会い出来ましたら嬉しいです!!
  このページは Javascript を
  ON にしてご覧ください☆

 
  Back/Home